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常設展  「日本人のくらしの知と美」 
        「大妻コタカの生涯と大妻教育」

開期:2015年4月8日から2016年1月30日までの水、木、金、土曜日(10時から16時まで) (但し、4月29日〜5月2まで休館、5月6日は開館、5月7,8,9日は休館、5月18日は「世界博物館の日」を記念して開館、 8月12日〜9月5日まで休館、12月23日〜1月2日は休館。随時臨時開館有り)
入場無料

「日本人のくらしの知と美」
 日本人の暮らしに見られる技術・文化の知恵と美意識を、様々な角度から取り上げて展示しています。 日本人の暮らしの中で育まれてきた様々な生活の要素は、日本の気候風土と日本人という特性の上に培われた日本固有の文化と言えます。 当館では、これまでに、「たたむ」「むすぶ」「すわる」「しゃれる」「ゆずる」等を企画展として取り上げてきました。 日本人の生活に根差したこれらの文化には日本人の暮らしに深く結び付く様々な意味が込められています。 そうした日本のくらしの技術と文化の知と美を展示しています。

「大妻コタカの生涯と大妻教育」
 大妻コタカは、明治17年(1884年)、広島県世羅郡甲山町に生まれる。幼くして両親をなくし、生地は、三川ダムに沈む。 これが生涯、ふるさとへの深い憧憬を生むこととなる。川尻尋常小学校時代、「下級生に教えるのが上手」と褒められ 教員を目指し、教育への熱い思いを心に刻む。この思いは生涯消えることはなかった。卒業後、本郷高等小学校、 多田道子私立裁縫所などに学び、17歳のとき更なる向学心に燃え、上京。和洋裁縫女学校などに学び、卒業後、 本所緑町の竪川小学校訓導(教師)となる。
 22歳で結婚し、その後私塾を開き、手芸や裁縫を近隣の子女に教える。私塾は発展し、学校開設に至り、 「恥を知れ」を校訓に良妻賢母教育を標榜。
 戦時中は、アイディアを活かした戦時服や便利袋を考案して評判をよぶ。また、和服の製作法、手芸などを わかりやすく説明した本を多数出版。多くの人に読まれる。戦時中にあらゆる婦人団体に相当な役割をもったとして、 昭和22年、教職追放される。昭和24年、大妻女子大学開設。昭和26年、教職追放が解除される。関東大震災、 夫良馬の死、太平洋戦争敗戦と教職追放などの苦難を乗り越え、教育者として最期まで女子教育に命を注ぎ、 85歳で生涯を終える。
 大妻教育の特色(綱領)をコタカと良馬は次のように述べている。
@人物養成
(偏知教育の積弊に留意し、 徳育に力を致し、人物の養成を第一義とし、恩義観念と校訓「恥を知れ」とを経緯とし、三小の徹底を期す)
A教育即生活
(教授訓練に於て教育の生活化に努め、勤倹力行、将来家庭の主婦として良妻賢母たらしめんことを期す)
B個性の尊重
(各自天稟の才能に応じ、一斉教授の弊を避け、個人的取扱を重うし応分の発達を遂げしめんことを期す)。


 

 

特別展
<--特別展:大妻学校開学の原点<手芸>-->

<--開期:2015年4月8日から8月8日までの水、木、金、土曜日(10時から16時) (4月29日〜5月2日および5月7日〜5月9日は休館)
入場無料-->

<大妻学校は、明治41年(1908)、大妻コタカが麹町区紀尾井町七番地子爵大島久直元陸軍大将邸内(現上智大学内)で手芸の私塾を 開いたことから始まっている。当館が所蔵する手芸資料の展示を通して、大妻学校の原点を探りたいと考えている。>