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常設展 「日本人のくらしの知と美」 「大妻コタカの生涯と大妻教育」

開期:2012年4月12日から2013年1月26日の木、金、土曜日(10時から16時まで)
入場無料(但し、8月9日から8月11日と12月27日から1月5日まで休館・臨時開館有り)

「日本人のくらしの知と美」
日本人の暮らしに見られる知と美の技術・文化を様々な角度から取り上げて展示しています。古来、日本人の暮らしの中に培われてきた様々な技術、たとえば「たたむ」「むすぶ」「すわる」等々、日本人の生活に根差したこれらの文化には日本人の暮らしに深く結び付く様々な意味が込められています。そうした日本のくらしの技術と文化の知と美を展示しています。

「大妻コタカの生涯と大妻教育」
大妻コタカは、明治17年(1884年)、広島県世羅郡甲山町に生まれる。幼くして両親をなくし、生地は、三川ダムに沈む。これが生涯、ふるさとへの深い憧憬を生むこととなる。川尻尋常小学校時代、「下級生に教えるのが上手」と褒められ教員を目指し、教育への熱い思いを心に刻む。この思いは生涯消えることはなかった。卒業後、本郷高等小学校、多田道子私立裁縫所などに学び、17歳のとき更なる向学心に燃え、上京。和洋裁縫女学校などに学び、卒業後、本所緑町の竪川小学校訓導(教師)となる。
 22歳で結婚し、その後私塾を開き、手芸や裁縫を近隣の子女に教える。私塾は発展し、学校開設に至り、「恥を知れ」を校訓に良妻賢母教育を標榜。
 戦時中は、アイディアを活かした戦時服や便利袋を考案して評判をよぶ。また、和服の製作法、手芸などをわかりやすく説明した本を多数出版。多くの人に読まれる。戦時中にあらゆる婦人団体に相当な役割をもったとして、昭和22年、教職追放される。昭和24年、大妻女子大学開設。昭和26年、教職追放が解除される。関東大震災、夫良馬の死、太平洋戦争敗戦と教職追放などの苦難を乗り越え、教育者として最期まで女子教育に命を注ぎ、85歳で生涯を終える。
 大妻教育の特色(綱領)をコタカと良馬は次のように述べている。@人物養成(偏知教育の積弊に留意し、徳育に力を致し、人物の養成を第一義とし、恩義観念と校訓「恥を知れ」とを経緯とし、三小の徹底を期す)A教育即生活(教授訓練に於て教育の生活化に努め、勤倹力行、将来家庭の主婦として良妻賢母たらしめんことを期す)B個性の尊重(各自天稟の才能に応じ、一斉教授の弊を避け、個人的取扱を重うし応分の発達を遂げしめんことを期す)。

企画展

開期:2012年8月16日から12月22日の木、金、土曜日(10時から16時)(8月11〜13日は臨時休館) 入場無料

くらしの中の すわる 

「座る」と「立つ」は、東洋と西洋の基本的姿勢として捉えられることもあり、その背景には、東洋と西洋の文化の大きな差異が含まれていると考えられる。西洋の神像には立位が多く、仏教など東洋の神像に座位姿勢が多いこともこれを反映していると考えられる。今回の企画展「すわる」は、日本人の暮らしにおける「すわる」の意味を改めて考えてみようという企画である。縄文時代の人骨(下肢骨)に蹲踞(そんきょ)面と呼ばれる新たな関節面が形成されていることが、人類学では知られているが、これは、座るという行為が日本で古くから日常的に行われていたことを示している。座る様式には様々あるが、鎌倉時代以降になると、正座が折り目正しい座り方として定着し、座る姿勢がさまざまな儀礼的価値を持つ姿勢と位置づけられるようになった。特に星座は、折り目正しい座り方として、その地位が確立されたと考えられる。
作業や日常動作に現れる様々な座る姿勢、これらをむ改めて見ることにより、日本人の暮らしにみられる座る姿勢の美を考えてみたい。

特別展

開期:未定

ただいま準備中…